ESGについて語るとき、私たちは意識的に専門用語を使いません。
横文字や定義を並べることもしません。
そして、「理想的な社会」「あるべき姿」といった表現も、極力避けています。
それは、ESGを軽視しているからではありません。
むしろ逆です。
ESGを本気で経営に使おうとしているからこそ、現場の言葉で語る必要があると考えています。
この記事では、なぜ私たちがESGを「現場の言葉」で語るのか、
そしてなぜ専門用語や理想論を避けているのか、その理由を整理します。
ESGが「難しいもの」になった瞬間、現場から消える
ESGが現場で使われなくなる瞬間は、とても分かりやすい。
- 説明が長くなる
- 資料が増える
- 誰に向けて話しているのか分からなくなる
この状態になると、現場ではESGはこう認識されます。
「よく分からないが、何か大事らしいもの」
「偉い人が気にしているもの」
「説明用に必要なもの」
この時点で、ESGは経営の道具としては死んでいます。
現場で使われない考え方は、どれだけ正しくても意味がありません。
それは理念でも戦略でもなく、ただの文章になります。
専門用語は、思考を止める
ESGに限らず、専門用語には強い力があります。
それは「理解した気にさせる力」です。
マテリアリティ、ステークホルダー、トランジション、レジリエンス
言葉自体は間違っていません。
しかし、現場でその言葉が出た瞬間、こうなりがちです。
「それ、どういう意味ですか?」
「誰がやるんですか?」
「結局、今の仕事と何が変わるんですか?」
専門用語は、思考を深めるためのものではありません。
多くの場合、思考を一度止めるために使われます。
分かった人と分からない人を分け、
議論を“説明フェーズ”に戻してしまう。
私たちは、それを避けたい。
現場は「判断の言葉」しか必要としていない
現場が本当に必要としているのは、定義ではありません。
判断できるかどうかです。
- これはやるべきか
- これは今やるべきか
- これはやらないと決めていいのか
この問いに答えられない言葉は、どれだけ立派でも現場では使われません。
だから私たちは、ESGをこう言い換えます。
「それ、後で困らない判断か?」
「無理を前提にしてないか?」
「説明できる仕事か?」
この言葉なら、現場で使えます。
会議でも、作業中でも、判断の瞬間に出てきます。
理想論は、責任の所在を曖昧にする
ESGが嫌われる理由の一つに、「きれいすぎる」という問題があります。
- 社会のため
- 未来のため
- 次世代のため
これらの言葉は否定できません。
しかし同時に、誰の責任で、誰が決めるのかを曖昧にします。
理想論が前に出ると、判断はこうなります。
「それは大事だけど、今じゃない」
「余裕ができたら考えよう」
「今回は仕方ない」
結果、ESGは「いつかやる話」になります。
私たちは、ESGを今決めるための軸として使いたい。
だから、理想論を前に出しません。
「正しさ」より「続くかどうか」
もう一つ、私たちが現場の言葉を使う理由があります。
それは、続くかどうかです。
どれだけ正しい取り組みでも
- 現場が疲弊する
- 判断が遅くなる
- 説明コストが増える
上記のようになれば、必ず止まります。
ESGは一度やって終わりではありません。
続かなければ意味がない。
続けるためには
- 覚えなくていい
- 説明しなくていい
- 特別扱いしなくていい
そんな状態にする必要があります。
現場の言葉は、判断を「自分ごと」にする
専門用語や理想論は、どうしても他人事になりがちです。
一方で、現場の言葉は違います。
「それ、無理してない?」
「後でクレームにならない?」
「これ、毎回同じやり方でできる?」
これらは、自分の仕事に直結する問いです、だから判断が早くなり、責任も明確になります。
ESGを自分ごとにするには
「正しいかどうか」ではなく
「自分が決められるかどうか」
この距離感が重要です。
経営の言葉と現場の言葉を、分けない
私たちは、経営と現場で言葉を変えません。
経営だけがESGを語り、現場は別の言葉で動く。
この構造がある限り、ESGは根付きません。
だから、経営判断も現場判断も、同じ言葉で行います。
- 無理を前提にしない
- 説明できない仕事はしない
- 続かない仕組みは作らない
これらは、ESGの説明であり、同時に経営方針です。
ESGは「翻訳」されると弱くなる
よくある失敗があります。
ESGを一度「専門用語」で作り、それを現場向けに「翻訳」するやり方です。
この時点で、ESGは遠い存在になります。
私たちは逆です。
最初から現場の言葉で考え、経営に持ち上げる。
この順番でないと、ESGは判断に使えません。
私たちが目指しているのは「ESGを意識しないESG」
最終的に目指している状態は、とてもシンプルです。
誰も「ESGだから」と言わない。
でも、判断はESG的になっている。
それが理想です。
ESGを語らなくても
- 無理をしない判断が選ばれ
- 説明できる仕事が残り
- 続くやり方が積み上がる
この状態をつくるために、私たちは今日も、現場の言葉でESGを語ります。
言葉を変えると、判断が変わる
ESGは、難しく語るほど遠ざかります。
簡単に語るほど、現場に残ります。
私たちは、評価されるためのESGではなく、使われるESGを選びました。
だから、専門用語も理想論も使いません。
判断できる言葉だけを残す。
それが、私たちのESGの語り方です。
